2026.10.01
つり革広告 朝夕の通勤電車に揺られていると、車内のほとんどの方が手元のスマートフォンに視線を落としています。ニュースをチェックする人、動画を楽しむ人、誰かとメッセージを交わす人。手のひらの中に無限の情報がある今、ふと顔を上げてぼんやりと車内を見渡す時間は、以前よりずっと少なくなったように感じます。
そんな日常の風景のなか、今年3月に創業130周年を迎えたサタケは、地元・広島電鉄宮島線の車内に少し風変わりな広告を10月1日※より掲出します。
つり革を掴もうと顔を上げたその視線の先に現れるのは、「糠」と「籾」という2つの漢字。そして、「読めますか?」というシンプルな問いかけです。
■サタケが真っ先にアピールしたかったこと
創業130周年という大きな節目。
広報の立場からすれば、本当は言いたいことが山のようにありました。1896年の創業から積み重ねてきた歴史のこと、世界中に広がっているサタケの穀物加工技術のこと、最新鋭の選別機がどれだけすごいかということ――。「130周年記念」と銘打って、誇らしい実績や機械の写真を並べた広告を作るのが、企業としては一番分かりやすい選択だったはずです。けれど、今回の企画で広告デザイン課からあがってきたのは、自社の実績を誇る言葉ではなく、乗客の皆さんに向けた「漢字のクイズ」でした。製品をアピールする前に、私たちが向き合うべき現実があったからです。
■「米」は知っていても、「籾」や「糠」は知らない
日頃から当たり前にごはんを食べていても、そのお米がどんな姿で収穫され、どう加工されて食卓に届くのか。それを身近に感じる機会は、現代の暮らしの中で急速に失われつつあります。
「米」偏に「康(健康)」と書いて「糠(ぬか)」。
「米」偏に「刃(は)」と書いて「籾(もみ)」。
どちらも日本の主食に欠かせない、昔から受け継がれてきた大切な言葉です。それなのに、大人でもパッと読めない人が増えている。生活と「穀物加工」の距離が離れてしまっていることへの静かなもどかしさが、この企画の根底にありました。
スマートフォンを開けば、何でも一瞬で検索できる時代です。だからこそ、あえて移動中のわずかな時間に「ん? これは何て読むんだろう」と頭を巡らせる、そんなささやかな"余白"を車内に生み出せないだろうか。そう考えました。
■漢字の向こう側にある、見えないインフラ
もちろん、ただ難読漢字の知識を競ってほしいわけではありません。広告の片隅には、こんな言葉を添えています。
「お米だけじゃない。麦も、豆も、トウモロコシも。」
「この一粒から世界へ。」
「食を支える技術者になろう。」
私たちが毎日美味しく安全にごはんを食べられるのは、一粒の穀物と実直に向き合い、乾燥や精米、選別の技術を磨き続ける技術者たちがいるからです。
「糠」や「籾」という文字をきっかけに、普段は意識されることのない「食を支えるエンジニアたちの仕事」や「ものづくりの現場」へ、ほんの少しでも想像を広げてもらえたら、それこそが、創業130周年を迎えた私たちが、このつり革に託した一番のメッセージです。
もし広電宮島線に乗ることがあれば、少しだけスマートフォンをポケットにしまって、頭上を見上げてみてください。そのふたつの漢字が、今日食べるごはんのことをほんの少し愛おしく思う、小さなきっかけになれば幸いです。